by yamada-07
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デジタル化

例えばダンス。
同じ動きをしていても、とてつもなく優美に見える人と、そうでもないひとがいます。
単純に言えばプロとアマの差ってやつです。

じゃあ、同じ動きをしているのになぜそんなに有意な差が出るのか、という話になります。

ここで内田樹氏よりの知見。

同じ動作にも関わらず、その見た目に明らかな差が出る背景には、主体が自分の行為をどれだけ細かい単位に分割できるか、人間の動作という原理上極めてアナログナものに、どれだけデジタルな分節線をいれられるか、ということが考えられるそうです。

手を上げて下げる。
これだけのほんの一秒ほどの動作の中に、どれだけ切れ目を入れられるか。
その一秒ほどの動作の中に100の分節線を入れられる人と10しか入れられない人では、そこに動作主体がこめる情報量に10倍もの差が出るわけです。

別の例を挙げます。
日本のアニメとディズニーアニメ。この二つを見比べて、どちらがよりスムーズに、滑らかに動作を表現しているか。言わずもがな、それは後者ですが、ではそれは何に由来するものなのか。
ストーリー?
作画?
声優?
そんなわけがありません。答えは簡単、セル画の枚数です。

ディズニー映画では、日本のアニメの二倍もの量のセル画を使用しています。
日本のアニメが一秒間に24コマだとすれば、ディズニー映画は48コマ。ディズニーの登場人物は、日本のアニメよりも倍多く情報を送り出しているのです。

自分の動作を如何に細かく割るか。
ダンスなどの運動に限らず、音楽でも同様でしょう。
楽器に息を吹き込む、鍵盤を叩く、弦を弾く、ドラムを叩く……。これらの動作をどこまで細かく意識してできるか。
細かく割れる人の演奏には、大雑把な人のものより、深みがあります。音を一つ出すだけでも、そこにこめられる意味の量が段違いだからです。

細かく動作を割れるということは、その細かさの分だけ、音の表情を細やかに変えられるということでもあります。単純にこめられた情報量だけでなく、その情報の質も変えられる。
なにかに秀でるということは、そういうことなのでしょう。

で、これを意識して実践してみると、いかに自分が大雑把に楽器を吹いていたかというのに愕然として落ち込みます。てか落ち込み済みです。
意識してできるものなのかはわかりませんが、やってみる価値はありそですかの。
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by yamada-07 | 2005-06-22 23:49 | 雑記