by yamada-07
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「語る」と「騙る」

「語る」という言葉が嫌いです。ついでに言うと「まったり」も嫌いです。

「今度語ろうね~」などと最近の若い子はよく口にします。もちろん女性に限らず、男性でも広く人口に膾炙されています。「まったり飲んで語ろうよ」などとは飲み会の約束の定番フレーズではないでしょうか。

まあもちろん言葉なんて好き好きですよ。そんなことは百も承知です。でも、その言葉を口にしとけばとりあえずいいだろ的な雰囲気が発語者から感じてしまうことはどうにも否定できませんです。
特に「語る」という言葉。
この言葉が使われるときは、おおむね「他の人には言ってない事を話してよ。私もその分話すから」といったニュアンスで使われている気がします。
秘密をお互いに話し合い、共有することで、二人(あるいは複数、ただし少数ではあるが)の仲をより深めよう、そんな打算的な意図が見え隠れしてるようなしてないような。
秘密を共有することで仲が深まることのには同意します。ですが、この↑のような流れでは話の順逆が転倒しているのではないでしょうか。普段の付き合いがちょっとずつ深まっていって、それから自分の内面的な、あまりおおっぴらにはしてない、できないことをすこしずつ話していくのが自然な流れじゃないのかなぁ、と。仲良くするために秘密を先に話すのは、なんか変だし、リスキーだと思います。だって信頼もまだしてない人に秘密を話して、もし本当に信頼できない人だったらどうするんでしょうか。信頼ってのもそんな簡単に醸成されるものではないですし。一年や二年の付き合いでは、そう簡単には秘密なんてものは打ち明けられませんね。ひどく怖いですわ。

あるいは、「簡単に話せる秘密」と「絶対に話せない秘密」というのが厳密に区別してあって、その上で前者をお互いに話しているのでしょうか。それなら納得できないことも無いですが、それはもはや秘密とは呼べない気もしますが。
しかし、そうなると、やはりこの「語る」という行為は儀式化されているということになりますよね。
「語る」ことで初めて、仲がよくなったという了解をお互いに得ることができる、そのような儀式です。
そして逆に言えば、そのような儀式を経ないとお互いに仲がよくなったという確信を得られなくなっているのかもしれません。関係の希薄化というか、目に見えないものに対する拭いきれない疑念というか、原因は知りませんけどね。ていうかあってるかどうかも知りませんし。

うがった言い方をしてしまえば、お互いの秘密を「語り」合うことで、一時的にお互いの仲を「騙り」合っているのではないかと思うのですよ。


うわ、社会不適合者の考えだな。
みなさーん、山田はこんなこと露ほど考えてませんよー。ウソウソ☆
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by yamada-07 | 2005-10-23 01:22 | 雑記