by yamada-07
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30

美しき人間の日々

特に最近オリンピックを見ていて思うことですが、何かに夢中になっている人って輝いてますよね。美醜の水準とは違う次元で美しく見えます。

もうすぐ始まる女子フィギュアの安藤選手や村主選手、荒川選手、皆、リンクの上と普段のインタビューカメラの前とでは、顔の精彩がまったく違って見えるんです。前に触れたカーリングの小野寺選手や林選手も、競技に集中している時の顔が美しいからこそ、テレビで露出が増えるのでしょう。

私見を述べれば、あの競技者たちの美しさは、眼からにじみ出ているのだと思います。
では、その美しさが表出している時、彼/彼女らの眼はいったい何を見ているのか。それは、端的に言ってしまえば『未来』です。

もっと噛み砕いて話をしましょう。
人は、スポーツでも、舞踊でも、運転でも、音楽でも、およそ体を動かすことであればなんであれ、自分が次の瞬間どのような動作をしたいか、どのような体勢でありたいか、どのような状況に取り巻かれているのか、リアルにイメージできればできるほど、その動作がきれいにきまります。数秒、あるいは数瞬後の自分を思い描き、そこに体を滑り込ませていく感じとでも言いましょうか。
カーリングなら、自分の投げるストーンがどのような軌跡を辿ってどのような位置で止まるか。フィギュアであれば、ジャンプをした後の着地体勢はどのような形で、どのくらいのスピードか。バイクであれば、コーナーを抜けた後のGの具合はどの程度か。それらの感覚がリアルであればあるほど、そして強く念じれば念じるほど、現実の自分がそこにより近くはまっていくのです。

つまり、競技者たちの眼は、現実の世界を捉えていると同時に、数瞬後の未来の世界のイメージを見ているのではないでしょうか。
そして、そのリアルさ、イメージの強さがそばで見ている人に伝わり、そこに美しさを捉えるのだと思います。

人間は自己の意思決定により未来を作っていく。そして、そのようなものこそ、まさに「人間」である。
実存主義が目指した人間像の一つの理想形が、ひたむきな競技者の中に見出せるともいえるかもしれません。


そんなこんなを書いているうちに、女子フィギュアが始まったようです。
もう眠いから寝ますけど、選手のみなさんけっぱれー。
[PR]
by yamada-07 | 2006-02-22 03:02 | 雑記