by yamada-07
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for someone, not everyone

どうも、mixiの日記が味気ないと評判の山田です。今日はそんなSNS、mixiのマイミク日記についてのお話です。

mixiのマイミク日記について簡単に言えば、ネット上で書く日記です。もう少し詳しく言いますと、自分が管理しているページ上でテキストを書いて、それを他人が閲覧することができ(閲覧者に制限をかけることもできます)、また他人がその文章に対してコメントを書くことができるというもんです。さらに気軽なブログといってもいいでしょう。同様のSNSのgreeでもこのような日記機能は備わっていて、そこでできることも細部は違えど大方同じと言って差し支えないと思います。

私も少ないながら友人が登録してあり、それら友人の書いた日記も閲覧していますが、これらは二つに大別できます。それは、自分の書いた日記に友人からのコメントがかかれるか否か。
これが私、圧倒的に後者です。ほぼ毎日毒にも薬にもならない文章を更新していますが、それにコメントがつかないのがデフォルトです。最近は、以前に比べればコメントがつくようになりましたが、それでも三件投稿して一件くらいの割合です。
他の友人が書く日記は、一件書けばほぼ100%誰かしらがコメントを付けていると思われます。もっとも、私同様めったにコメントがつかない人間もいるようですが。

さて、これにはいかなる理由が考え付くでしょうか。
一つは簡単。私の友人たちは別に私の日記を真面目に読んでいない。これです。単純明快理路整然。お弁当に入っている蕗くらいに筋通った理屈です。
しかし、これでは話が前に進まないし、私の心が深刻なダメージを負いかねないので、他の理屈を考えて見ましょう。

そうなると私の思いつく理由はもう一つ。それは、他人を必要としている文章とそうでない文章がある、ということです。
では、文章が他人を必要とするとはどういうことか。
思うに、コメントをたくさんもらっている日記は、他人からのコメントをもらうことを前提として文章を作っているのではないでしょうか。というよりは、他人からコメントをもらいたいがために日記を書いているのではないか。そう思うのです。

mixi上の日記を散見すると、「私、今頑張っています」的な日記や「私、今悩んでいるんです」的な日記、「今日○○したみんな、大好きだよ☆」的な日記などが、多くのコメントをもらっているようです。世の中を斜め45度に見ている私としては、そのような日記を見て「あ、そうっすか」以上の感想を持つことができません。だって、その文章はどう考えても特定の誰かに向けているのであって、mixiの友人たち全員が共有できる内容ではないから。それを読んで「いいことあったんだね~♪」のようなコメントを返せる純粋な心は、母親の胎内にへその緒と一緒においてきましたよ。
その話の内容を理解できる人は、確かにその日記にコメントをつけることはたやすいでしょう。「ほんと楽しかったよ☆また行こうね~♪」などと書き込めばいいんですから。ですが、それに直接関わっていない人にはただの秘密主義の日記です。内輪にしかわからない名前や符牒が乱れ飛ぶ文章など、CIAの諜報部員じゃあるまいし、読んで見ようなどとはとてもじゃないけど思いません。

そんなへそ曲がりの私が読む人の日記は、基本的に内輪の盛り上がりをしません。もちろん日記であるので、私の知らない日常の出来事を書いていることもありますが(というよりはそれがほとんどの場合ですが)、それもちゃんと知らない人でもわかるように、読んで楽しめるように書いてくれいているのです。

考えてみると、ファッキンな日記を書くような人の登録してある友人の人数って、半端じゃなく多かったりする気がします。50人以上がおそらく普通で、200人越えという気違い(一発で変換できない。やな世の中ですね)じみた人数を誇る人外も存在するようです。そりゃあ日常の出来事がその登録してある誰かと関係あることも多いでしょう。

ちなみに私は27人。ちょっと増えすぎたかなと最近思ってます。

友達は量より質。

ほんとだぞ。強がりじゃないぞ。
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by yamada-07 | 2006-04-24 02:17 | 日記