by yamada-07
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お受験

お受験の特集を見ていると、いい感じに鼻で笑えますね。

そもそも何のためにお受験をするのか。何を目的として小学生、それどころか幼稚園から塾に通わせるのか。それが謎。謎。謎。

こどもがこどものうちにやっておくことなんて、遊ぶことしかないと思いますよ。プラスアルファで最低限の礼儀作法。勉強を勉強として教え込むなんて二の次三の次。それどころか翻って愚の骨頂。夏休みに二十万もかけて朝から晩まで塾に押し込んで。テレビに映ったこどもたちの目の死んでること死んでること。十時を過ぎた築地の魚の方がまだいい目をしてまっせ。

自分が小学生のころを考えたら、朝も早よから起きてラジオ体操、カブト採り。太陽が昇った暑い盛りにはプール。帰り道には7UP。あるいはチューペット。夜は畳の上に寝っ転がって大の字。勉強や宿題なんてものが100光年の彼方にある生活をしていました。
そんな生活を中学生まで続けて、高校に入ってからは部活漬け。学習塾と無縁の生活を18年続けて、その結果まあいわゆる有名大学に入ることができました。

こんな私の半生、及び周囲の人間の生活を見るにつけ悟ったことはひとつ。
できるやつはできるしできないやつはできないっていう身も蓋もない結論です。
結局のところ、人間自分の才覚を越えてできることなんて高が知れてます。というよりは、限界はそうそう越えられないからこそ限界なんです。天賦なんです。
こどものころから塾に通おうが勉強できないやつはできないし、学校で与えられることしかやらなくても理解できるやつはできるんです。
勉強に限らず、スポーツだって音楽だってそう。私がいくら努力しようとも甲子園のスターになることは不可能だったろうし、松井がピアノでサントリーホールを沸かせることはできなかったでしょう。

やればやるほどできるようになる。それはおそらく事実。しかし、それはあくまで絶対評価の話であって、他者と比較して競い合いうものではないはずです。競うのは、競えるだけの技量がある人たち同士でやってもらえばいいんです。みんながみんな同じ競技をやることはないでしょう。

どんな御託を並べたところで、今のご時勢でお受験に血道をあげている家族っていうのは、学歴という競技にこどもを無理矢理参加させているのに違いはありません。んで、厄介なのはこの学歴という種目にはナンバーワンがないってことです。とりあえず今の日本の学歴で最高峰といえば東京大学で大方異論はでないと思いますけど、東大に入学している人なんて毎年数千人単位でいるんですよね。その数千人の中でも文系理系、各種専門があるわけで、その勉強が専門的になればなるほど単純にその優劣を比較することができなくなるんです。さらに言えば、親たち(この時点で言えば当人たるこどもたちもでしょうが)が最終的にこどもらに望んでいることは、いい学歴ではなくいい就職先まわけで、それを得られるかどうか、それこそ東大に入ればオールオッケーとは言えないんです。これで先に述べた「本人の限界以上は無理☆」の論を組み入れれば、もうお受験そのものが無意味って話ですね。


ブリュデューの階級再生産論を入れたお受験の話もいずれしたいんですが、それはいずれということで。
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by yamada-07 | 2006-08-13 23:49 | 雑記