by yamada-07
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成人

こどもの日ってことで、また軽~くからんだ話をもう一つ。

元服、割礼、バンジージャンプ……。成人したと認めるときに行う儀式が、世界にはいろいろとありますね。その年齢もばらばらで、ほとんど14~20歳の間のようです。

しかし、これを行う年齢を(その社会の中で)一律に決められる意味はあるのでしょうか。日本で「はい、成人式を迎えたから、今日から君は大人だよ」なんて言っても、なぜその儀式を越えることで大人になるのか、当人にしてみればさっぱりです。精神の成熟度合いも人によりけり。20歳を越えてもまだまだおこちゃまな人もいれば、成人式を迎える前に30代と間違われる人もいます。私みたいに。とまれ、なにやら不合理な慣習のような気もします。

どっこいそれが素人の赤坂見附。

いえ、私がプロなわけではありません。ただこのフレーズを使ってみたかっただけです。

さておき。
それは、日本のように成人式が形骸化してしまったがゆえの、順逆の取り違えだと私は思います。かっこよく言えば「因果の逆転」ですね。そう言う必要も別にないですが。

ま、どういうことかと申しませば、「大人になったから儀式を行う」のではなく、「大人にするために儀式を行う」んです。
前の雑記で「大人の条件」みたいなことを書きましたが、それはもちろん各社会で異なります。しかし、ものは違えど必ずそれぞれの社会で大人と子供を分かつものがあります。それを、「この儀式以降おまえらにきっちり適用したるけんの、覚悟しときぃ」と社会的に要請してるのです。

元服の儀を執り行うのも、余った皮を切り落とすのも、10m下に決死の覚悟で飛び降りるのも、みんな新成人に大人として取り扱うことを知らしめるためのものなのです。
儀式になにか実際的な意味があるわけではありません。むしろいりません。必要なのは、無意味なまでの祝祭性なのです。「どうすれば大人として扱われる自覚を持たせられるか」という社会的な圧力です。

だから、式に臨む際には、当然の如く新成人の方が覚悟を持って挑まなくてはいけません。それが足りないと、どこぞの市のような失態が起こってしまうのです。ま、そいう方たちは即刻成人として扱われることの重みを味わうから別にいいんですけど。


いろいろ書いてきましたが、ふと思い出したことが一つ。
そういや私、成人式出てないんですよね。

一気に説得力がなくなった感じです。山田でした。
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↓こどもの日は別に関係ないっすね……



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by yamada-07 | 2005-05-05 22:06 | 雑記