by yamada-07
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かがくとがくしゅう

いつごろなのか正確なところは忘れましたが、小学生の時に読んだ「○年生の読み物」という雑誌(いわゆる学研のおばちゃんが持ってきてくれるようなやつですね)の中に、海外から転入してきた男の子がいじめられる話がありました。海外での長い生活で、日本の小学校になかなか馴染めないその男の子に密かに胸を痛めていたクラスメートが、勇気を出してクラスのみんなに「いじめはやめよう」と呼びかける……まあいかにも小学生に読ませたがるようなお話ですね(確かその話の中で、転入生が漢字を上手く読めず、「加工工場」を「カロエエ場」と読んでしまい、それをネタにしばらくからかわれるというエピソードがあったようななかったような……。最終的に、そのクラスメートと転入生が、担任の先生の提案で二人してブルーハーツの「Train-Train」をギターとブルースハープでデュオをしたことで、皆との溝が埋まる、てのはまた別の物語でしたっけ。はい蛇足でしたね)。

で、その転入生がクラスメート(以下A)と話をしているときに、ステイツ時代の学校生活と日本のそれとを比較してこんなことを言いました。
「むこうの学校では、"why"と"if"が大事だったんだ。そうやってみんな勉強していたんだ。でも日本ではどちらもない。せめて"why"だけでもあったら……」
みたいな感じです。十年以上前の記憶なので細部は違うでしょうが、おおまかなところはあってるはず。

当時の無垢な私は「ふーん、メリケンの学校てのは、ずいぶんハイカラなことを教えてるんだなぁ。そういうものがあるとあんなイカした金髪碧眼になれるのか。やっぱり肉ばっか食って生きてきたやつらは考えることが違うな」と思った――わけでは無論なく、「ふーん、そういう考え方をする文化には、いじめなんてないんだ」などと思ったのです。

まあそう思う私にも多少問題がないわけではないでしょうが、これ自体、けっこう問題のある文章じゃないでしょうか。
今考えるに、おそらくこの物語の寓意は「いじめ、かっこわるい」というものと、「"why"と"if"でものを考える習慣を身につけよう」というものなのでしょう。その寓意自体は咎められるものではありません。いじめ云々は勿論ですが、"why"と"if"に拠る思考法もあるにこしたことはないでしょう。

しかし、だからといってこのような形、つまり、いじめの原因がそれだととられかねない形で物語の中に盛り込むのはいかがなものでしょう。そこまでいくと、道徳的を通り越して、イデオロギッシュな臭いさえしてきます。
「アメリカ万歳」的な安っぽい舶来礼賛。反転した形で伏流する「だから日本はダメなんだ」的な発想。
最後がちゃんといじめが無くなるハッピーエンドなだけに、その正当性は強化されます。

ちゃんといいとこあるよ、日本の文化。
謙虚さや慎重さってのは古来からあり、且つ、今まさに皆が忘れかけている美徳じゃないですか。アメリカ様みたいに、とにかくはっきり自分の意見をもつことがなにより大事、もたないやつは無能なんてどこのどなた様が決めてくださりやがったんですか。わからないことは素直にわからない、判断できないことは保留する。また、いったん判断したものでも、それが状況次第で覆ることも多々あるということを理解するのも、非常に大事なことだと思います。
全てのことにきちんと自分なりの意見をもつのも大事なのかもしれませんが、それが二元的、単一的に決定されるものでもないですよね。「判断しかねる」という意見もあるはずです。
少なくとも、それも同時にフォローできるような物語が同じ雑誌の中に入ってて欲しかったですね。まあ私が忘れているだけで、本当はちゃんと掲載されていたのかも知れませんけど。バックナンバーとかないのかしらん。

ちなみにこちら、学研の科学と学習のホームページ
いいな、ちょっと購読したくなっちゃった。
私が読んでいた頃には、あさりよしとお氏が科学漫画を連載していましたね。ちなみに私は科学派。姉(あるいは兄か)は学習を購読してましたので、私は両方読んでいました。小三の分際で六年の学習なんぞ意味の良くわからないまま読んでいたのだから、姉にしてみるとさぞ鼻持ちなら無い弟だっやことでしょう。
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by yamada-07 | 2006-11-07 23:09 | 雑記