by yamada-07
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2005年 10月 29日 ( 2 )

こころころころ

気分屋さんはあなたのまわりにいますか?

別にはんぺんを売り歩いている人ではありません。ころころ機嫌が変わる、心が秋の空みたいな人です。

私のバイト先にもそのような方がいらっしゃいます。というか、妙にそのような方が多い気がします。ええ、キッチンの半数以上がそんな方。

そんな方々は、機嫌がいいときはとっても気安く接してくれます。こっちが逆に気後れするぐらいに、非常にフレンドリー。仕事を手伝ってもくれますし、会話も弾みます。

しかし、ひとたびその方々の機嫌が悪いほうに転がったときは、恐ろしくて声がかけられません。洗い物をしてるとほぼ無言で汚れた食器を押しやってくる、狭い厨房内部ですれ違うときに声をかけない、聞きたいことがあっても話しかけるなオーラがむんむん出てる。
とっても居心地が悪いです。


とある空間に機嫌が悪い人がいると、その空間の雰囲気全体がよどみます。
機嫌が悪い人には、とりあえず話しかけることなくそっとしておく。うるさくするともっと気分が
悪くなるんじゃないかと思い、なんとなく他の人にしゃべりかけることもためらってしまう。
そんなこんなで、その空間がどことなくぎこちなくなってしまう。

あるいは私の気の使いすぎなのかも知れませんけど、少なくとも私はそう感じてしまうんです。

逆に、ある空間に機嫌のいい人がいると、その空間は知らず知らずのうちに活性化されていきます。声のトーンが明るい。きさくに話しかけてくるし、対応も柔らかい。そんな人と接していると、自然、自分もなんとなく気分が良くなっていく。それがその空間に居る人に伝播していき、空間内部の交流が活発になっていく。

万物の霊長たる人間と言えども、本能的には動物と同次元の感覚も存在して言るはずで、周囲の同族との共存なんてのは自我が芽生える以前から必要とされる根本的な能力。自我がないからこそ、周囲との共感能力は必須のものであったと思います。
自我が生まれ、ことばが生まれ(事の順逆がどちらかという議論は脇に置いておきます)、原始的な能力が退行して意識の陰に隠れたとしても、それが完全に消滅してしまうことはないでしょう。サルから人間になった過程で尻尾がなくなっても、尾骶骨は名残で残っているように。

なもんで、バイト中に限らず、誰かと一緒に居るときには極力楽しい気分でいようと努めます。
あえてアッパーな気分にならずとも、鬱でいたりプリプリ怒っていたりするのは絶対避けます。
そもそも失礼な話ですよね。誰かと会っているときに落ち込んでいたり怒っていたりするなんて。たいがいの場合においてそれは今会っている当の本人の責任ではないのに、ほぼ八つ当たりの形で不機嫌をぶつけられるなんて。逆に当の本人のせいで気分を害したならそう言えばいいんですから。うじうじ溜め込むよりはよっぽど健全です。

自分が楽しければ周りも楽しい。周りが楽しければ自分も楽しい。そんなけっこう単純なことで、健全な人間関係は保たれるのかもしれません。友達少ない私が言っても説得力ないでしょうけど。
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by yamada-07 | 2005-10-29 22:00 | 雑記

初練習

バンドの初練習でした。

といっても、メンバーは5/9しか出席してません。なんとも先行き楽しみな好スタートです。
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by yamada-07 | 2005-10-29 20:23 | 日記