by yamada-07
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2006年 10月 29日 ( 2 )

美人局

美人局アナって、ぱっと見どうしても、「美人」「局アナ」じゃなくて「美人局」「アナ」に見えるよね。

なんていうか、不祥事満載ちっく。
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by yamada-07 | 2006-10-29 03:08 | 日記

juvenile talk

社交能力は低い私ですけど、集団に属することにはそれほど苦手を感じない私。

微妙に矛盾するようで、微妙に問題もなさそうな話ですけど。

ふと思ったのは、自分がある集団に属する時は、その集団の構成員ではなく、集団の環境(状況?)に馴染んでいるのではないのかなぁ、と。

結果としてその集団に馴染めば、当然構成員にも馴染んではいるのでしょうけど、それはたぶん結果論。

集団の環境になれるってのもちょっとよくわからない話ですけど、それはきっと「自分のあるべきポジション」というもの。ツッコミ役とか、いじられ役とか、簡単に言えばそういう類のもの。

それを見つけてするりと収まっていく。あるいは、周りの人に自然そうなるように扱われていく。

多かれ少なかれ誰にも彼にもそういうところはあるでしょうけど、たぶん自分はそれが顕著。ホントか?

反対の例を考えると、その集団の構成員と仲良くなり、その結果として、集団に馴染む。

そういう風に改めて自分の場合(だから、ホントか?)を表現してみると、その集団の環境の一部となり、その結果として、集団に馴染む。

わかるような、わからないような。

「人生は舞台だ」というシェイクスピアを引用して考えてみると、少しわかりやすくなるかもしれません。

私は舞台の中の配役として納まり、反対の例として、あるひとは舞台の中の役者として納まる。
演じられる存在か、演じる存在か。

うーん。わかるような、わからないような。表現的はカッコがついた気はしますが、それだけの気も、少し。

集団の中で(それなりに)うまくやるという私の能力は、社交性というよりは、きっと如才なさというもの。
明るく働きかけるでなく、受身でうまく立ち回る。
ポジティブの成果ではなく、ネガティブの結果。
能動の輪ではなく、受動の和。
人間の紐帯ではなく、人間の仲介。
自の存在ではなく、地の存在。

ま、ここらへんはちょいとした戯言、言葉遊びに近いものはありますけど。
それなりに上手くできた気はするので、自画自賛の手前味噌。


自己言及の言葉が正鵠を得ていることなんてそうそうありませんので、もしかしたら見当はずれの見込み違い、傍から見れば憤懣やるかたない噴飯ものなのかもしれませんけど。

それでもなんとなくそう思った23の秋でしたとさ。どっとわらい
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by yamada-07 | 2006-10-29 01:49 | 雑記