by yamada-07
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冗談と現実

前に座っていた女子学生が、講義中にタウンワークを読みつつバイトを探していました。
隣の友人に「それはおまえには無理」と色々ダメだしをされて、「それじゃあたし社会性がないみたいじゃん」と言っていました。


授業中にやかましくしゃべくってる貴様にそんなものはない。
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by yamada-07 | 2005-06-30 16:22 | 日記

初お台場

本日、生まれて初めてお台場に遊びに行きました。二人っきりでドライブしながらです。
フジテレビの中を見たり、ゲーセンに行ったり、TOYOTAのモーターショーを見たり、一緒にラーメンを食べたり。
まるで夢のような四時間でした。


注:このお話の登場人物はすべて♂です
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by yamada-07 | 2005-06-29 22:48 | 日記
今日ご紹介するものはこちら、小説家・伊坂幸太郎さんです。

昨日(だったのかな)発売の新刊「死神の精度」を読み終わったばっかりで興奮しています。
いや、興奮というよりは、心沸き立つ、という表現のほうがしっくりくる感じでしょうか。とにかく気分がふわふわしてやみません。

彼のこれまで書いてきた作品に共通しているのが、圧倒的とすら表現できる読後の爽快感。一冊読み終わった後には、一様に笑顔がこみ上げてきてしまいます。
しかも、その笑顔・心情の類は、他ではめったに経験できないものです。世界のパーツがきれいに収束した満足感とでも言いましょうか、心のかくばりがまろやかに溶けてしまうような感覚です。

単行本として発行されているのがトータルで八冊。その中には、決して明るい一辺倒ではない作品もあります。母親がレイプされたことにより生まれた弟だとか、浅薄な若者たちにより殺された(と言ってもかまわないような状況の)恋人(あるいは妻)のための復讐だとか、重々しいテーマも混じっています。
しかし、そんな読後に気分が沈みかねないようなテーマでも、その終幕の収束のさせ方、そしてそれまでにちりばめられてきた伏線により、暗い中にも明かりがさっと投げかけていられるようにエンディングを迎えます。

読後感を別の言葉で喩えるなら、「穏やかな日曜の午後」です。特に「チルドレン」は、まさにそれがぴったりくる作品です。主人公(なのかな、たぶん)の一番最後の台詞で、作品の全てが「ほっこり」と終わるようです。湧き上がってくる幸福感とにやけ笑いを意識せずにはいられないような。私は、生まれてこの方これ以上幸せな読後感を味わったことがありません。

そして、新刊「死神の精度」の中の第四章「恋愛で死神」。↑に倣って言うなら、私は生まれてこの方、人が死んだことにこれほど悩ましい気分になった話を読んだことがありません。そして同時に、小説でよかった、と真に思った話もありません。小説であるがゆえに、その完成度と結末に思わず、人死にがでたものであっても幸福感を感じてしまったことも。


ほっこりした気分になりたいなら「チルドレン」(これは例外的に人死にがでていない作品です)、合わせ絵のような、パズルのような読後の解決感、納得感を味わいたいなら「ラッシュ・ライフ」、軽妙洒脱な文章を味わいたいなら「陽気なギャングが地球を回す」がお薦めです。

どうぞ、興味の向いた方は読んでみてください。
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by yamada-07 | 2005-06-29 22:30 | 青春の一ページ

あっつあつ

私の下宿先の給湯器は頭が悪いです。
より正確を期せば、大雑把にもほどがある、と言えます。

バランス型給湯器というタイプなんですが、普通の家庭にあるものとどう違うのかはよくわかりません。ただ、頭は確実に悪いです。エリカが例えてあげてみれば、一般家庭の給湯器が大成した大人のアインシュタインなら、私の給湯器は、幼少期の彼にさえ馬鹿にされていたクラスのみそっかす、って感じです。

バランス型の構造をわかる範囲で説明すると、
ガスを燃やす→ボイラー内の水をあっためる→蛇口からでる
といった具合です。おそらく普通の給湯器を説明してもほとんど変わらないと思いますが、バランス型にはさらに人工無能が内蔵されていると思ってみてください。

さて、馬鹿だ馬鹿だとバランス型を侮辱してきましたが、いったいその馬鹿さのおかげでどんな事態が生じるのか。なにによって馬鹿だと言ってしまっているのか。

バランス型の温度設定はひどくファジーで、つまみを「あつい」から「ぬるい」の間でひねって調節する、というものです。そのひねり方でガスの火力を調整し、お湯の温度の増減を行います。
そして、おそらくバランス型には温度計が内蔵されていません(もしかしたらされているかもしれませんし、ほかのものもついていないのかもしれません。あくまで推論の話です)。

さて、この二つの要素が合わさった結果どうなるのか。
お答えしましょう。
夏と冬で、つまみの位置が同じでも、蛇口から出てくるお湯の温度がまったく違ってしまうのです。

理屈は至極単純。
夏と冬では、配水管の中を流れる温度は当然違います。氷の張るような真冬と陽炎の立ち昇るような真夏で、水道から出てくる水の温度は違いますよね。
話をわかりやすくするために、前者の温度を5℃、後者の温度を25℃としましょう。
では、その二種類の水を同じ火力で暖めたらどうなるか。
無論、蛇口から出てくる水温は、差し引き20℃変わります。
そこに、温度計がついてないという状況を当てはめるに、「ぬるい」のつまみ(すなわち我が家の最低設定水温)に設定してあるボイラーから45℃近い熱湯が出ようとも、それは別に故障ではない、ということになります。

火傷しそうです。

このクソ暑い日に、家に帰ってきて浴びるシャワーが熱湯以外選択しようがないというのは、一種の拷問に近いものがあります。
そりゃあクーラーをつけてぐったりしてしまう私を誰も責められないというものです。

家賃の安さの一端を垣間見る季節です。
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by yamada-07 | 2005-06-29 01:18 | 日記

早起き

ネボスケ街道を邁進、というか突進、もは爆進、常勝街道一直線という感じで生きているここ最近の私ですが、ここ二日間、少しずつ改められてきています。
九時に起床して、洗濯、掃除をした後に登校という、真面目な一人暮らしを絵に描いたような生活です。

しかし、それもこれも連日の猛暑が原因です。
猛暑ゆえの熱帯夜。熱帯夜ゆえの寝苦しさ。寝苦しさゆえの眠りの浅さ。眠りの浅さゆえの朝の早さ。

朝目が覚めれば、背中は寝汗でむしろひんやりなほど。いつ風邪をひきだすやら。
クーラーは好きじゃないのですが、この暑さには耐え切れず数日前から稼動し始めています。
扇風機の方がすきなんですが、いかんせん家にないもので。


あと、睡眠が浅いと、眠気に四六時中襲われますね。早く起きても生活の密度が薄いのならば、いってこいどころかむしろマイナスですわ。
生活費が振り込まれたら、いの一番に扇風機を買おうと思います。俺の睡眠のためにも、世界の平和のためにも。
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by yamada-07 | 2005-06-28 01:23 | 日記

選挙

七月三日は東京都議選ですか?


いや、選挙ってことは知ってるんですが、なにを選出するものなのか知らなくて。


ところでこれを読んでるあなた、選挙には行きますか?


私はいきません。住民票がまだ実家の方にあるので、選挙権がないからです。



まあそれはいいとして。
今回の選挙にはなにやらキャッチフレーズがついてますね(それともいつもあるものなのでしょうか?)。

「東京発未来行 投票用紙が招待切符」

だっせ。

フレーズの前半はまだ許せます。ちょいとくさいフレーズですが、まだ許容範囲と言えるかなと。
しかし後半はいただけない。「投票用紙が招待切符」って、なんとも語感が田舎くさい。
いかにも田舎の小役人が考えたかのような、浮ついたフレーズ感。

どうせなら「招待切符は投票用紙」、語の並びを変えないなら「投票用紙は招待切符」。

キャッチフレーズてので、もはや救えない感じはありますが、それでも作るんだったらもうちょっと頭をひねって意見を出してほしいと思います。

お役所はこれだから……
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by yamada-07 | 2005-06-25 22:21 | 日記

Musical Baton

友人からこんなものを渡されました。

1.コンピュータに入ってる音楽ファイルの容量について
2.今聞いている曲
3.最後に買ったCD
4.よく聞く、または特別な思い入れのある5曲

という質問に答えつつ、不幸の手紙よろしく他の人に回せ、というやつです。

まあせっかく渡されたことですし、続けてみようかと思います。


1.約900MBです。そんなにPCにはいれてないですね。

2.今現在、ということであれば「Stan Getz Prays」の中の「Body and Soul」です。

3.最近は金欠気味で買ってないので、おそらく一ヵ月半前に買った「no time like the present / Sammy Nestico and the SWR big band」です。ネスティコの曲を北欧のバンドがやっているものですが、はっきり言って失敗でした。バンド自体がかっこよくないので、折角の曲が台無しです。

4.難しい質問ですね。でもあえて選ぶ五曲なら

moment's notice / John Coltrane
とにかく好きなスタンダードナンバーです。ソロはKenny Drewのピアノソロがリリカルでかっこいいですね。
Buddy Richのビッグバンドver.も好きです。一度演奏したので思い入れもありますし。

time out / Buddy Rich
天才ドラマーBuddy Richと超絶テナーBob Mintzerの演奏が豪快にドライブする、ハイテンションな曲です。これを聴くと何はともあれ気分が高揚するので、朝のでがけによく聴きます。

キスしてほしい(トゥー・トゥー・トゥー) / the Blue Hearts
ブルーハーツの中から何を選ぶか迷いましたが、これで。やっぱりテンションあがります。

ハスキー(欲望という名の戦車) / the High-Lows
同じく迷った、ハイロウズのなかの名曲。ロック。

why not ? / Michel Camilo
友人の間では妙に評価の低い曲ですが、「why not ?」に収録されているコンボver.はイカシてます。また、Paquito D'riveraとデュオで演奏しているものもありますが、それも秀逸です。


ま、こんな感じですかね。

それでは最後に、この不幸の手紙を回されるラッキーな方たちを発表します。

「【日刊】糸瓜野郎」のMさん
「ひかりの世界」のひかりさん
「たまりば」のたまりさん
「神カイ日誌」のうまうまさん

ま、答えるかどうかはご自由にどうぞ。とりあえずまわしておきます。
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by yamada-07 | 2005-06-25 22:06 | 日記

六月二十四日

アスファルトから込みあがる温度

肌を拭う湿度

湿度を拭い去る風

深呼吸をしたくなくて、でもしたくて、そんな空気

肺の中で混ざり合う空気

天気予報を裏切る曇天


夏ももうすぐそこですね。
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by yamada-07 | 2005-06-24 13:03 | 日記

第五回

今回の言葉はこれ。

色物

アウト・オブ・スタンダードですね。非正統派な人です。マジョリティとマイノリティってのとはちょっと違うかもしれませんけど。

元々は、寄席での講談や落語に対する曲芸、奇術を指すらしいです。でも、すっかり↑みたいな感じに転化していったような気がします。私だけ?

転化したものとして話を続けます。
正統派が映えるには、必ずそれに対比される非正統派が必要ですよね。
けれど、非正統派は、正統派に対して劣ってるわけではありません。正統派ではないがゆえに非正統派なわけで、欠性的にそれは定義されるのです。

こ難しいことを並べましたが、要は、正統派に負けないほどの実力をもつ色物ってかっこいいなと思うのです。
私の先生、宮本大路さんのサックスの色は白。普通のサックスがゴールドなことを考えれば、色物と考えて差し支えない楽器です。でもとても上手い。まさに正統派に負けない(むしろそれ以上の)色物です。

黒バリを扱う私としても、それに負けないような色物になりたいと思います。
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by yamada-07 | 2005-06-23 23:59 | 駄文

デジタル化

例えばダンス。
同じ動きをしていても、とてつもなく優美に見える人と、そうでもないひとがいます。
単純に言えばプロとアマの差ってやつです。

じゃあ、同じ動きをしているのになぜそんなに有意な差が出るのか、という話になります。

ここで内田樹氏よりの知見。

同じ動作にも関わらず、その見た目に明らかな差が出る背景には、主体が自分の行為をどれだけ細かい単位に分割できるか、人間の動作という原理上極めてアナログナものに、どれだけデジタルな分節線をいれられるか、ということが考えられるそうです。

手を上げて下げる。
これだけのほんの一秒ほどの動作の中に、どれだけ切れ目を入れられるか。
その一秒ほどの動作の中に100の分節線を入れられる人と10しか入れられない人では、そこに動作主体がこめる情報量に10倍もの差が出るわけです。

別の例を挙げます。
日本のアニメとディズニーアニメ。この二つを見比べて、どちらがよりスムーズに、滑らかに動作を表現しているか。言わずもがな、それは後者ですが、ではそれは何に由来するものなのか。
ストーリー?
作画?
声優?
そんなわけがありません。答えは簡単、セル画の枚数です。

ディズニー映画では、日本のアニメの二倍もの量のセル画を使用しています。
日本のアニメが一秒間に24コマだとすれば、ディズニー映画は48コマ。ディズニーの登場人物は、日本のアニメよりも倍多く情報を送り出しているのです。

自分の動作を如何に細かく割るか。
ダンスなどの運動に限らず、音楽でも同様でしょう。
楽器に息を吹き込む、鍵盤を叩く、弦を弾く、ドラムを叩く……。これらの動作をどこまで細かく意識してできるか。
細かく割れる人の演奏には、大雑把な人のものより、深みがあります。音を一つ出すだけでも、そこにこめられる意味の量が段違いだからです。

細かく動作を割れるということは、その細かさの分だけ、音の表情を細やかに変えられるということでもあります。単純にこめられた情報量だけでなく、その情報の質も変えられる。
なにかに秀でるということは、そういうことなのでしょう。

で、これを意識して実践してみると、いかに自分が大雑把に楽器を吹いていたかというのに愕然として落ち込みます。てか落ち込み済みです。
意識してできるものなのかはわかりませんが、やってみる価値はありそですかの。
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by yamada-07 | 2005-06-22 23:49 | 雑記