by yamada-07
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自分にやさしく

わがまま放題とは違います。

自分に優しくするということは、自分の体から発されるメッセージを的確に聞き取るということです。
疲れだとか空腹だとか心的ストレスだとか身体的ストレスだとか、体から訴えかけてきているネガティブなメッセージに配慮をすることで、人ははじめて自分自身に優しくなれます。

自分にやさしくなると、どんなお得なことがあるか。
まず、体の感受性が著しく向上します。
そらそうです。
自分の話を聞いてくれる人がいると、とたんに口数って増えますよね。
体だって、その辺の事情は変わりません。自分が伝えたがっていることを聞いてくれるとわかったら、もっと普段感じていることを訴えかけてくるはずです。

体の感受性があがれば、病気、怪我などの身体の失調に対して、早い段階で対処できます。
「疲れたー休ませろー」だの「風邪っぽいぞー喉痛いぞー」だの「豆できたぞー靴あってねーぞー」といったメッセージに早く気付けば、よく眠るなり栄養をとるなり靴をかえるなり、なにかしら処方箋をくだせます。


そして、もう一つの効果。
他人の状態に対して敏感になれることです。

自分が調子がいいときのサイン、調子が悪いときのサイン、気分がいいときのサイン、悪いときのサイン。隠そうと思っても体からはなにかしらにじみ出てきます。自分でも他人でも。
自分の体に現れるサインを敏感に察知できる人は、他人の体に浮かび上がる微細な兆候もキャッチできるはずです。その徴がどのような種類のものなのかは、今までの付き合いの経験から判断する必要がありますが。

逆に、もっとも身近な自分の体からのメッセージを無視して自身を酷使してしまうような人には、他人からのメッセージを受け取ることはひどく困難なことだと思います。
徹夜をするだの、体に負担をかけるような服装(極端な薄着、厚着、歩きづらい靴etc.)をするだのといったことは、恥じこそすれ、自慢できるようなことではありません。それだけ体からの悲痛なメッセージを見過ごしているのですから。

ちなみに、徹夜をしたりきっつい服装をして喜ぶのは脳みそです。そのような本来的には苦痛としかなりえない行為を快楽としてエンコードしているのは、脳みそなのです。正確には、脳で認識している社会的観念と言えるのかもしれませんが。
ここをつっこんでいくと話が長くなるので、まあ簡単にこれでとめておきます。


とまれ、自分にやさしくできる人間とは、他人にやさしくできる人間であると思います。
やさしくすることと甘やかすことは別物であるという大前提はありますがね。


じゃ、体が訴えているのでそろそろ寝ます。ぐぅ。
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by yamada-07 | 2005-07-02 01:47 | 雑記

老いと若きと

若者には若者の特権があります。言わずもがな「若いこと」です。

しかし、それと同時に老人には老人の特権があります。言わずもがな「若くないこと」です。言い換えれば「老いている」ということです。

思うに「老いてること」の方が特権としては有用ではないでしょうか。
若者はどんなに頑張っても若くない状態にはなれません。
いや、そりゃなろうと思えばなれますよ?2,30年ものんべんだらりとしてれば、勝手に老いていきます。
しかし、今現在、すぐに若くないことを体験したい、といってもそれは無理な相談なわけです。
擬制的に「若くないこと」=「老いていること」を想像するしかできません。

一方老人のほうは、すでに何十年か前に「若いこと」は経験しています。その若さの特権の善きも悪しきも存分に味わっているはずです。その上で、若さの特権を手放しているのです。
若さの特権の効用を知った上で、それに代わるより有用な特権(比喩的なものですけどね)を得た者。それこそが老人です。

まだまだ十二分に若者に括られうる私が言うのもおこがましい話なのかもしれませんが、若者の特権とは、「浅薄な行為を気付かずにいられること」、「自省的な行動から遠ざかっていられること」、「感情をむき出しのままでいて平気なこと」などと言えると思います。抽象的に言えば「若さに気付いていないこと」とできるでしょうか。

ひどく逆説的なテーゼになりました。若者が振りかざす特権とは、自分が若いということに気付いていないがゆえに有用たりえるわけです。そして、その特権の有用性に気付いた瞬間に、その特権を手放さざるを得ない。
見えないがゆえに存在し、目に見えた瞬間に消えてなくなる。
まるでだまし絵のルビンの壷のようです。あるいは格子模様の中の灰色の丸ですね。

若さとはいかなるものか。若さを乗り越えるにはどうすればいいか。それを知っているがゆえに、老人は尊敬されるものなのではないでしょうか。

これからの日本は老人社会(人口の中の年齢としての意味でも、社会のエネルギー的な意味でも)になっていくでしょうが、果たして↑のような老いをもっているでしょうか。若かった頃の愚かさを笑って悔いられるような、成熟した「老人」としてのスキルを。
それさえ持ちうるのであれば、老人(国)というのも悪くないと思います。

むしろ早く老いたい。そう思う自分もいます。
十分お前は老けてるよ。そう思う友人もきっといることでしょう。
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by yamada-07 | 2005-07-01 00:26 | 雑記