by yamada-07
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<   2006年 01月 ( 11 )   > この月の画像一覧

かりかりぽりぽり

みなさん、「いもけんぴ」ってご存知ですか?
日本橋ヨヲコファンなら久美子の武器と言えば通用するかと思われる例のアレですが、知らない方のために少々ご説明。
これは、サツマイモを千六本に切って、油で揚げて砂糖を軽くまぶした高知の特産品のお菓子です。
見た目はこんな感じ。
d0025054_22273026.jpg

素朴な味わいとかりっとした歯ごたえで、かっぱえびせんに負けず劣らずやめられない止まらない代物です。

で、このいもけんぴ。上で「油で揚げたお菓子」と書きましたが、この調理法、実は朝鮮半島から伝わったらしいのです。はてさて、「けんぴ」とはいったい何のことなのでしょうか。

少々話は飛びますが、みなさん七味唐辛子の「七味」とはなにかわかりますか?
それは、唐辛子・黒胡麻・麻の実・芥子の実・山椒・青海苔・陳皮の七種を指します。どれかの代わりに紫蘇の実が入ったりもしますが、基本的には上記の香辛料の混合物です。
どれもこれも聞けば知ってはいるようなものばかりですが、最後の陳皮、ぱっと聞いた限りでは何のことかよくわかりませんが、実はこれ、乾燥させた蜜柑の皮なのです。鎮胃、鎮咳、鎮嘔などに効果がある漢方らしいですよ。

で、この陳皮のように、果物の皮を干した漢方の一種として、「剣皮」と呼ばれるものがあります。これは、パイナップルの皮を分厚く、果肉も1cmほど一緒に切り出したものを天日で干したもので、主に滋養強壮に用いられました。しかし、天日で干したパイナップルの皮は非常に硬く(そのために「剣」皮という名が付けられたのですが)、それを実際に食べる時は、一度油で揚げて食べやすくしてから摂取するようにしていました。
それが時を経て朝鮮半島から日本に渡り、その調理法を真似て野菜や果物を細長く切り油でかりかりに素揚げしたものを「けんぴ」と呼ぶようになったのです。それをサツマイモで最初に試したのが高知の人間であり、日持ちもする食べ物として「いもけんぴ」が全国に少しずつ広まっていったわけですね。
さすがに他の果物を油で揚げてもあまり美味しいものではなく、サツマイモ以外の「けんぴ」はなくなってしまったようで、そのため今では「けんぴ」と言えば高知発祥の「いもけんぴ」を指すようになりました。でも、沖縄などの、日本でもパイナップルが栽培できる地域では、サツマイモ以外の「けんぴ」が食べられるかもしれませんよ。もし南国に旅行に行く方がいましたら、是非探してみてください。

ではまた。
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by yamada-07 | 2006-01-30 22:55 | うそちく
どうも、堀江氏が捕まった事には特に思うところはありませんが、お金にしか執着できない人間はやっぱりさもしいものだよなぁなどと思う今日この頃の山田です、こんばんわ。

今回も、再び私の妖怪遭遇夜話兼与太話を繰り広げさせていただきます。めくるめくスリルとオカルトと噴飯もののくだらなさに戦く準備はいいですか?

あ、まだですか。

……

いいですか?では始めます。


私が二回目に妖怪に遭遇したのは大学一年生の秋、場所はやはりあの呪われた家、M家でした。
当時私とMは同じサークルに所属しており、Mの家が大学から近かったこともって、練習の後などよく泊りがけで遊びに行っていました。夜に男二人が集まったところでなにか華やかな遊びがあるわけでなく、ゲームをしたり、インターネットでくだらないページを見たり、漫画を読みふけったり、銭金を見たり、サークルの未来について真剣な討論をして、「あのサークルが潰れれば世の中に平和は訪れるよね」と結論を下したりしていました。
まあ何を題材にしていようと、口から生まれてきたような人間が二人集まれば話はとどまることを知らず、平気で深夜二時三時まで口角泡を飛ばしてくだらないことで笑い転げていたのです。
それだけのバカなテンションをアルコールの力を借りずにやっていたかと思うと、なかなかにすばらしい底力だと思います。
もういい加減寝ようかと電気を消したところでバカ話はおさまることもなく、真っ暗な部屋の中で男二人の笑い声が響き渡るという、むしろ客観的にそっちの方がよっぽど怪談じみている状況などもしばしばありました。しかし、そのようなおぞましい状況が、今思えばあの妖怪を引き寄せてしまったのでしょうか。

ある秋の夜更け、時間は深夜の一時をまわっていたでしょうか、私とMの会話もひとまず小康状態となり、この期を逃すなとばかりに布団を敷き、電気を消して横になりました。しかし、それは第二ラウンドのゴングにすぎません。再び白熱する場外乱闘トーク。うなりをあげるマシンガントーク、炸裂する笑い声、阿鼻叫喚の地獄絵図もさながらの、血みどろの泥仕合です。しかし、そんな戦いも30分もすればお互いの体力も底をつきだし、どちらからともなく口数が減り始めます。肩で息をするほどにお互い疲れ、「……寝るか」とMの方から停戦の申し出がなされました。私もそれに首肯し、今まで時間を確認するために開いておいた携帯をMが閉じようとしたまさにそのとき、

「やあ」

非常に明瞭な声が携帯の方から聞こえてきました。
ん?と不審に思い、Mの方を見やる私。おそらく私と全く同じ表情を浮かべて私の方を見やるM。

「……聞こえた?」
問うM。

「そっちが出した声じゃないの?」
問う私。

次の瞬間、Mは携帯を放り投げていました。

そう、まさにその瞬間、私たちは携帯の精に遭遇したのです!


え、なんですか?

携帯の精ですよ、ほら、例の。

あら、ご存知ない。

「携帯の精;八百万の神の国、日本では、現代文明の産物、携帯電話にも精霊が宿っている。非常に礼儀正しい精霊で、我々人間にもとてもフレンドリーに接してくれるが、存在をアピールするタイミングをしばしば誤ることのある、少々間の悪い精霊である。人間の生活には毒にも薬にもならない。」

出典:民明書房「現代に生きる妖怪たち」

ね?

携帯の精の声はとてもダンディでしたが、なにぶんその声を出したのが我々が寝ようと思い携帯を閉じようとしたその瞬間。いくらそれまでこちらの声がうるさくて存在をアピールするチャンスがなかったとはいえ、そんなタイミングで声を出されては腰を抜かさざるを得ません。もうちょっとタイミングを見計らってほしいものです。

今M君は実家に戻っていて、あの部屋は半年以上も前に引き払っています。大学・駅近く、築五年以内の良物件ですから、きっと新たな入居者がいることでしょう。その憐れな住人たちがあの呪われた妖怪屋敷でどんな恐ろしい夜を体験しているか、私には想像することすらできません……


以上、妖怪譚その二でした。お代は見てのお帰りでよろしく。
次回が最終回、「妖怪譚その三 ~日常の隣にいる異界の住人」です。
私の気が向くその日まで、しばしのお別れを。
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by yamada-07 | 2006-01-28 02:08 | 駄文

大殺界

こんなことが一時間以内に判明した今日。


・院試に落ちる

・大学の定期試験の時間を勘違いをする

・本屋で会計をしている正にそのときに、財布を忘れた事に気づく


ま、そんなこんなでもう半年ほど余計に大学生をやることにしました。

こういうときはどうすればいいか知ってますか?
笑い飛ばしてやるんですよ。


わははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!


人生なにがあるかわからないから面白いですね。まさか大学四年を終えようとしてこんなオチが待っていようとは。
せめてもの救いというかなんというか、院試が落ちててよかったというところでしょうか。これで院試に受かってたら笑えませんけどね。診断書を偽造してでも追試を受けさせてもらいます。

今朝まで自分の未来ビジョンで一番可能性が高かったのは、院試に落ちて大学卒業しようかもう半期やろうか迷う、だったんですが、まさかその選択肢そのものを封殺されようとは。
「選択ができるの者は幸いである」とはよく言ったものです。言ったの私ですけど。

院試に落ちて大学卒業できないってのは、きっとお前には別の道があるという天の意志でしょう。高校受験の時に降りてきた例のアレですね。
言い方を変えれば「縁がない」ってやつです。大学受験のときにも落とされた大学ですし。
大学院自体は諦めてませんので、今年は他の院もきちんと受験しようと思います。ええ、きちんと。


今年は小説をせこせこ書くのが天の意志に報いることと勝手に解釈して、そういう感じの一年にしようと思います。
いやぁ人生って面白い。
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by yamada-07 | 2006-01-26 23:22 | 日記

バカゲー

by yamada-07 | 2006-01-26 14:14 | 駄文

ゲコゲコゲコゲコ

日本語とは面白いもので、酒飲みのことを上戸、酒がダメで甘いものが好きな人のことを下戸などと称します。

私なんかは、手酌こそしないもののお酒は大好き。この前の院試後にビールを飲んだ時なんか身震いするほど美味しかったし、寒さも深まっている今日このごろ、刺身を肴に熱燗を一杯やるのも堪えられません。焼酎は一年通じて美味しいですよね。ただ、酒で失敗する時はいつも焼酎なので、最近は程度というものに細心の注意を払うようにしていますが。
けれど、それに匹敵するほどに甘いものも大好き。二人暮しの我が家にはチョコが欠かせませんし、今日もファミレスに行ってパフェなど注文してしまいました。実家の母親など、お米と一緒にかりんとうを送ってくれるほどに私の甘い物好きを理解してくれています。
このような酒も甘いものも好きという人を表現するには、いったいどんな言葉があるんですかね?

閑話休題。
では、なぜ酒飲みを上戸、飲めないものを下戸などと表現するのでしょうか。
実はこれ、中世の日本で無尽を催し皆が集まっている時の状況から生まれました。
無尽講を行い村の男衆が集まれば、もちろんそこには酒が必須です。人が大勢いる時に酒があると騒ぎに拍車がかかるのは今も昔も変わらないものですが、酒が強い人もいれば弱い人もいるのも変わりません。宴もたけなわになり、お金の話もまとまれば、あとはもう無礼講の乱痴気騒ぎ。飲めや歌えの大宴会に転じるわけですが、そんな中で酒を飲めない人というのは所在無いもの。狂乱の空気には混ざれず、さりとてつんとすましているには間が悪く、結局は酔っ払いを残し、早々と席を後にすることになってしまいます。そんな時に堂々と表玄関から帰ってしまってはホットな宴会の空気もなんとなしに醒めてしまうというもの。だから、酒に弱い人たちはそっと裏の戸から出て行ったのです。逆に酒の飲める猛者どもは、翌日に用があるため酒の席から早くに抜け出しても、酔っ払ったまま意気揚々と表口から出て行けました。

そう、これが酒の飲める上戸、酒の飲めない下戸の由来なのです。


私自身は酒の飲める、そしておそらく普通以上には酒が強いのですが(かつて凄まじくも酔っ払った話を色々と暴露していますが、それは度を越えて深酒した時の話です、念のため)、酒の弱い人が宴席にいるなんとはなしの所在無さはわかるつもりです。そんなみなさん、大丈夫、私と飲んだ時も胸を張って表口から出てください。ですが、素敵な日本語を残したい気もするので、たまにはそっと裏口から出てみてください。

ではまた。
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by yamada-07 | 2006-01-25 03:01 | うそちく
東京にもようやくこの冬初めて雪が積もり、身を切る寒さもひとしおです。センター試験の受験生も大変だなぁとほくそえんでいるみなさん、いかがお過ごしですか?鈴木です。いえ、山田です。

さて、今日は前回の続きということで、私の妖怪遭遇話です。

前回の記事で散々っぱら、確たる証拠も無くオカルト話をむやみに持ち出すのは品のいいものではないなどと書いていましたが、それでも合理的な説明を見つけるには少々難易度の高い経験が、少ないながらも私にはあるのです。それを今回書かせてもらおうと思います。


ま、そもそも話の枕が妖怪ってあたりにぬぐえ切れない胡散臭さはこびりついてはいるんですが、これは話をくだらなするためになかなかいい感じのフレーズなので、体験した当時から使っているんです。


私が今まで遭遇した妖怪は三匹。
ファーストコンタクトは、大学受験の時に、ホテル代を浮かせようと、一足早く上京していたM氏の家にしばらくお世話になっていたときのこと。
いささか曖昧な記憶ですが、そいつに遭遇したのは試験日の谷間の日で、他の日よりはなんぼか落ち着いた気分で寝ていた夜のことです。いつになくぐっすり眠り、なかなか爽快な気分で目覚めた二月の朝。寝ぼけ眼で布団から上体を起こし、ふるふると首を振りながらあたりを見るとなにやら妙な違和感があります。まだ八割がた眠っている脳みその回転数を徐々に上げつつ思考してみると、どうやら自分が寝ていた布団がその違和感の発信源のよう。ギアをもう一段回上げて、三速ぐらいまでに入ったところでようやく事態の異常さに気づきました。なんと寝る前は確かに普通にかけていたはずの布団が、そっくりそのままひっくり返っているのです。
布団の敷き方にバリエーションなんてそんなにないでしょう。まずは敷布団を敷きシーツをかぶせ、タオルケットをかけて、毛布をかけて、一番上に厚い掛け布団をかける。敷布団の上にすぐ掛け布団をかけ、その上に毛布、タオルケットをかける酔狂な人はそういません。誰だって一番上に掛け布団をかけます。あなただってそうするでしょう?私だってそうする。しかし、現実に私の身に起こっていたのは、敷布団・私・逆さまになった裏表逆になった掛け布団・裏表逆になった毛布・裏表逆になったタオルケット、の状態で存在していた寝具(と私)だったのです。
状況を理解した私は、その場にいたMと事態を解明すべく話し合いました。そして、その議論の結果浮上したのが、「妖怪・布団返し」の仕業なのではないかという説なのです。



え、私何かおかしいこといいましたか?


新しい妖怪を作り出すのを、なにも水木しげる先生だけに独占させておく必要はないでしょう。
所変われば品変わる。歌は世につれ世は歌につれ。千里の道も一歩から。時代が移ろいゆけば、そこに新しい妖怪が生まれてきてもなんらおかしいことはないはずです。
それに、日本には古来から枕返しなる妖怪が存在していて、家々に現れては枕をひっくり返していたと聞きます。布団返しなんて、その親戚として十分存在可能性があるってものでしょう。


妖怪・枕返し;夜中、寝ている人のところにそっとやってきては、寝ているふとんをそっくりそのままひっくり返す。特に害はなさない。


定義をしてみればこんな感じの妖怪でしょうか。
枕をひっくり返してその人に悪夢を見させる枕返しに比べれば、ただ驚かせるだけの布団返しなんてかわいいものです。もしかしたら。今夜あなたの家にも出るかもしれませんよ?

これが私の最初の妖怪遭遇話です。
少々疲れてしまったので、今日のところはこのへんで。第二、第三の体験談はまた後でということにしましょう。
あ、以降もこんな感じの与太話です。期待しないで楽しみにしててください。では。
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by yamada-07 | 2006-01-23 02:20 | 駄文
みなさん、幽霊やUFO、UMAや超能力などといったオカルトめいた話は好きでしょうか。

実は私、その類の話は大好きです、パソコンに向かっているときなど、某巨大掲示板のその手のスレッドを読んでは一人ぶるぶると背筋を震わせていたりします。
本屋に行ってもそんな本があるとついつい手にとってしまいます。最近は海洋巨大生物(クラーケンだとかシーサーペントだとかモケーレ・ムベンベだとかオゴポゴだとか。巨大エチゼンクラゲには特に興味はないです)に興味が沸いていて、丸善や紀伊国屋などの大きな本屋に行った時はふと探してしまうこともあります。意外と置いてないんですよね。
そのうちムーのバックナンバーを購読してしまうのではないかとちょっと不安でもあります。

しかし、そんな趣味嗜好とは対照的に、私の主義思考はオカルト系の話に極めて懐疑的になります。
カール・セーガンや安斎育郎、菊池聡あたりの著作を座右にしてもよいほどに、科学的思考というものに強く共感を覚えるのです。オカルトに対する科学的思考とは、大雑把に言えば、「検証に耐えうる証拠もなしにオカルト話を云々するのはみっともない」ってことです。たぶん、魚とは海で泳いでいる生物である、っていう説明くらいに大雑把ではありますが、そこまで的外れでもないでしょう。
自分の体験したことを万人に信じて欲しければ、万人が信用できる証拠が必要である、という至極まっとうな理屈なんです、要するに。

私自身は、この二つの性質が自身の内に共存していることには特に矛盾を感じていません。おそらく、オカルト的な話を空想的なものとある程度割り切っているのでしょう。あくまで、体験談という体裁をとった物語、といった形で。

それは、私自身がそのようなめに実際にあってないことにもよるでしょう。

「あの体験はなんだったんだ」
「あそこに見える人影はもしや幽霊?」
「あの夜空をふらふら動く光はもしかして…」

幸か不幸か、合理的な説明のつかない現象に遭遇したことがほとんどないために、お話を楽しむことはできても、それが真実不可思議な現象なのかという点については懐疑的にならざるを得ないのです。

しかし、そんな私にも数少ないオカルト体験があります。


それが何かといえば、なんと妖怪との遭遇なのです。

……

……

数百メートル彼方にひいてしまったみなさん、せめて私の弁解が聞こえるくらいには近くに寄ってもらえますか?
このあまりのひきっぷり、すわ津波の前兆かと思うほどです。


それはさておき、次回に続きます。
こんな持ち越し方あっていいのかと思うほどに適当ですが、持ち越します。
次回は「後編 ~めぐり合い、空」です。どうぞお楽しみに。
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by yamada-07 | 2006-01-21 02:58 | 駄文

嵐の後

院試という名の季節外れの台風が大暴れしていた、12月後半からの私。
そんな嵐も今日の昼でもってようやく終息宣言がなされ、一足早い春一番が私の心に吹いてきました。桜がちゃんと花開くかどうかはもうしばらくわかりませんが、とりあえず心のつかえもとれて、晴れて無罪放免の気分です。丸善の本を積み上げて檸檬を置いた梶井基次郎もこんな心持だったのでしょうか。

昨日の起床時間が試験開始の70分前だったり、ドイツ語の和訳のテストでは、一行の中にわかる単語が数単語しかなかったために、翻訳というよりはほとんど作文の問題になってしまったり、昨日の夜に親愛なるクソ友人どもが遊びに来て今日の早朝4時半まで寝られなかったり、二日目の論文のテストでは、150分の解答時間で500字×10枚の解答用紙を配られてその分量の多さに面食らったりと、なかなかスリリングな二日間でした。

とにかく今は、解放感と眠気と満腹感でいっぱいです。
あ、さっきまで焼肉しこたま食ってきたもんで。

とりあえず自由という名の布団に飛び込んで、惰眠を貪りたいと思います。ぐぅ。
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by yamada-07 | 2006-01-16 22:08 | 日記

嵐の前

ここ二週間ほど、ブログの記事も書かずにせこせこと勉強してきました私こと山田ですが(「嘘をつくなー」と隣の部屋から声が聞こえてくるようですが、無視)、明日でようやく院試です。緊張とかそんなんよりも、ようやく終わるといったような安堵感でいっぱいなのが本心ですが、もちろん不安もてんこ盛り。なにしろここで失敗したら、今年一年の予定が九割がたふいになっちゃうんですから。ま、それはそれでゆるりと暮らせると思えばいいんですが、なにしろこちとら親元離れての被扶養家族。だらだらと穀を潰しているだけでは、実家の親に顔向けできません。そのためというわけではないですが、せいぜい明日は褌締めてかかろうかと思います。

結果はともかく、試験さえ終わればしばらく安穏とした日々が待ってます。楽器吹いて、バイトして、買い物して、本読んで、昼まで寝て……

なんかあんまここ最近と代わり映えしないな。
ま、まぁ心置きなくそれらをやれるということでよしとしましょう。

あ、そうそう、散々前振りしていた物書きの方も本腰入れてやっていきたいと思ってます。あんま将来に対して何もせずにいるわけにもいかんので。

明日は九時半には学校へ行かねばならず、久しぶりに早起きをしなくてはなりません。最大のハードルがそこであることに、最近の堕落っぷりが見て取れますが、まあいいじゃないか。

では、みなさん、ごきげんよう。
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by yamada-07 | 2006-01-14 20:50 | 日記

しっぺ返しに気をつけろ

「竹箆」と書いて「しっぺ」と読むことをみなさんご存知でしょうか。
手の指を二本そろえて相手の腕に力いっぱい叩きつける、子供の時分からおなじみの罰ゲームですが、実はこの起源、鎌倉時代にまで遡れます。
当時の為政者、源頼朝が考案した鎌倉期の刑罰の一つに、細長く切り出した竹で、鞭の要領で受刑者をひっぱたく「竹箆(しっぺい)」というものがありました。これは頼朝が幼年期に躾の際に行われていたもので、幼い頃にこの体罰で酷い傷を負ったことがある頼朝がその鬱憤を晴らすべく制定したとも言われていますが、そこまでは眉唾なお話でしょうか。

とにかく、その「しっぺい」という罰が簡略化され言葉がなまったものが、今の「しっぺ」だということです。


ではまた。
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by yamada-07 | 2006-01-04 00:49 | うそちく