by yamada-07
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気になるニュース

パズルピースは紛失中(鬼頭莫宏公式サイト)5/26付けの書き込みより

>>講談社の例のアレが再販になりますよ。


まさか「ヴァンデミエールの翼」のことでしょうか。

だとしたら講談社GJと言わざるを得ない。

「なるたる」を再販しただけでもかなりの好プレーなのに。

本日Amazonの助けにより「なるたる」が全巻そろい、ついに読破しました。おかげで一日中ぬぅんとした気持ちです。





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# by yamada-07 | 2008-05-27 20:59 | 駄文
村上隆氏のフィギュアが約16億円で落札されたという。

村上隆氏作のオナニーする少年のフィギュア、16億円で落札・・・米



ポップアート、前衛芸術ってのをいまいち信じきれないのが、もし仮にこの作品をそこら辺のなんでもない日本人の名で出品したら同額、少なくともそれに近しい値段がついたのだろうかということ。

天才を「積極的な価値感情を、広い範囲の人々の間に永続的に、しかも稀に見るほど強く呼び起こすことの出来る人格」と定義したのはクレッチュマーだが、その定義の最後の単語を「作品」にすれば、ほぼ丸ごと「芸術(狭義に「価値のある芸術」)となると思う。

自分がこの作品になんら積極的な価値感情を呼び起こせなかったからといって、すなわちこの作品が芸術の名に値しないというほど思い上がった人間ではないが、上の定義にあるように、芸術は「広い範囲の人々に」かつ「永続的に」積極的価値感情を呼び起こすことを必要とするのなら、その芸術としての価値は、いくつかの文化的潮流の変遷を耐えて初めて認めうるのではないだろうか。

一つの文化潮流の中で好評を博すことも無論素晴らしいことだが、それは一般的な「いい作品」に過ぎないと思う。
今回の「My Lonesome CowBoy」が現代の文化(ポップアート)潮流で評価を得たことについては現実として異論を挟みようが無いが、そこに約16億円という莫大な価値指標が十分な時間を経ないで付けられたことには、「芸術」という観点からはいささか勇み足の感が否めない。

勿論個人の価値観としてあの作品にそれだけの価値を認めて、巨額を投資したことには経済活動の自由というほか無いが、その個人の価値観/美意識が芸術としての価値とイコールで結ばれるかどうかはもっと時間を待たねばならない。

金銭は極めて抽象的な指標となりうるだけに、本来比較しようの無いものでも比較できてしまう。古典彫刻と前衛的なフィギュアを同列に論じることなど簡単に出来ることではないが、それすらできるかのように思えてしまうのが、金銭の抽象性の怖さだ。この怖さに自覚的でないとき、金額の多寡が、容易に価値の多寡に置き換えられてしまう(そもそも価値は量的なものでなく質的なものであると思う。ま、それは蛇足な話だが)。

言い換えれば、経年劣化に耐えられた作品こそ「(価値ある)芸術」と言えるのだが、十分それに晒される前に金銭による価値を付けられたのは、向こうしばらくの経年劣化に対するフィルターになりえるだろう。約16億円という金銭価値は、その作品が持つ(と承認されうる)価値指標として、それが流通する世界が広ければ広いほど、有効に作用する。
流通世界が狭ければ評価基準は多岐にわたり、購入者による金銭額以外にも価値評価は生まれうるが、様々な分野に流通するならば、そこにもっとも共通している価値指標は金銭価値だからだ。

前衛芸術に「言ったもん勝ち」の空気が拭えないのは、値段がついてそれが即作品の価値、という即物的な匂いが漂っているからだ。
時代を経ずに、価値に経年劣化を経験させずに、価値の検証がなされずに、既に名声を得ている作者の作品だから価値があるとでも言うような印象が拭えない。
名声ある作者による作品であるということは、確かに「作品」としての価値ではあるが、それは「芸術」としての価値とは別物だろう。

「即物的」と「芸術的」は、本来両立しないが、資本経済が発達した現在ではもはや両立させずにはいられない二律背反的な概念となっている。
村上隆氏の作品は、そんな状況へのアンチテーゼとしての意味合いがあるのではないかとすら思えてしまうのは、持たざるものの僻みだろうか。





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# by yamada-07 | 2008-05-17 00:23 | 雑記

5/10

6:35 学パパが知っていたのはシゲルという線もあるのでは?

ミチルにシゲルの面影を見て、そこから式島接骨院の息子、という連想をしたということでしょうか。
シゲルの孝行息子としての評判を考えれば、それもあるかもしれませんね。
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# by yamada-07 | 2008-05-12 22:22 | 拍手レス

シンシアとおねいと

『CYNCHIA THE MISSION』と『バカ姉弟』


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シンシアと
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おねい。

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シンシアと
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おねい。


デザイン上の類似を感じずにはいられない。

『シンシア~』は一巻しかまだ読んでいないのだが、続巻にも類似は見られるのだろうか。


ちっちゃいオデコ少女はとてもかわいいと思うのですよ。





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# by yamada-07 | 2008-05-08 20:49 | 駄文
【ロッテ】ウソだろ~グラブ投げて三塁打



事実は小説より奇なりと申しますが、今回の件では、十数年前に読んだ漫画で似たような話があった気がします(ま、それよりさらに以前に実際の野球で起きていた可能性は十分にありますが)。

守備中の主人公(もしくはそのチームメイト。おそらく内野手)が飛球に自分のグローブを投げ当てて、ボールが失速して落ちてきたところを素手でキャッチ。
自慢げに捕球するそのキャラだが、当然ルールどおりに打者は三塁打扱いに。
ノーバンで捕ったはずなのに三塁へ悠々と進塁している打者を見て呆然としているキャラに、打者が「本当なら二塁打のコースだったのに、ありがとよ」みたいな台詞を言う。

私が覚えている場面はこんなところです。
おそらく少年漫画で、ギャグ漫画ではなく野球漫画であったと思います。
どなたかこの記憶を埋められる猛者はいませんか?





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# by yamada-07 | 2008-05-04 22:35 | 駄文